児童虐待と代理ミュンヒハウゼン症候群

 近年、テレビで児童虐待に関するニュースを多く見かけますね。先日、名古屋市北区でも児童虐待による死亡事故があったのをご存知でしょうか。近年全国的に児童虐待は増加傾向にあり、平成24年度では児童虐待相談件数が66701件、児童虐待による死亡事例が85件にもなりました。虐待というと、暴力や育児放棄を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。虐待は大きく以下の4つに分類することができます。
身体的虐待:殴る、蹴る激しく揺さぶる、やけどを負わせる、縄などにより一室に拘束するなど
性的虐待:子どもへの性的行為、性的行為を見せる、性器を触るまたは触らせる、ポルノグラフィの被写体にするなど
ネグレクト(育児放棄):家に閉じ込める、食事を与えない、自動車の中に放置する、重い病気になっても病院に連れて行かないなど
心理的虐待:言葉による脅し、無視、兄弟間での差別的扱い、子供の目の前で家族に対して暴力をふるうなど

 次に「ケイ事件」という虐待に関する事例を紹介したいと思います。
 ケイは生後8ヶ月の時、母親がおむつに膿がついていたと訴えて以降、細菌性尿路感染症の診断で複数の医師から他種類の抗生物質を繰り返し処方されていましたが、症状は改善せず、逆に副作用で発疹、発熱等を併発してしまいました。6歳になった頃も原因不明の血尿は改善してもしばらくすると再発するということを繰り返していました。原因究明のため、レントゲン検査、バリウム浣腸等、ケイにとって苦痛や恐怖を感じる検査がおこなれましたが、異常は見つかりませんでした。ケイの母親は子どもの病気を心配して熱心に看病し、医師や看護師、他の母親と楽しげに話し、治療に対しても拒否せず積極的に求めていました。
 一見すると、この母親は「子ども思いの熱心なお母さん」というイメージが湧きますよね。実は、この中にも虐待が隠れていたんです。なんと、この病気はこの熱心な母親が作り出していたんです。母親がケイの尿として提出した血尿の赤血球と母親の赤血球が一致していました。つまり、ケイの尿に自分の血液を入れて、病気を作り出していたということです。
 信じられない様なことですが、実は珍しいことではなく、子どもに病気を作り、かいがいしく面倒を見ることにより自らの心の安定を測る虐待で、「代理ミュンヒハウゼン症候群(以降、MSBP)」といいます。
 
 MSBPは、現段階ではまだ未解明な部分が多く、はっきりとした原因は分かっていませんが、幼少期におけるトラウマや家庭環境が関係するものと考えられています。MSBPの患者は、過去にミュンヒハウゼン症候群(周囲の関心や同情を引くために病気を装ったり、自らの体を傷付けたりするといった行動 )を患っていることが多いそうです。ミュンヒハウゼン症候群になる原因もはっきりとは分かっていませんが、幼少期から満足な愛情を与えられずに育ってきて、たまたま病気や怪我になった時に親から優しくされたり、周りから同情や注目を浴びた経験が快感や癖となってしまうことが多いようです。ミュンヒハウゼン症候群の患者が親となると、今度は自分の代わりに子供を利用して悲劇のヒロインを演じたり、称賛や評価を得ようとするのです。医療や看護経験者の場合は、豊富な医学的知識を用いて病気を捏造したり、自らが第一発見者となって適切な処置をし、手柄や社会的地位を得る場合もあります。どれも目的は自分自身や子供を傷付けることではなく、歪んだ承認欲求を満たそうとするものです。

 MSBPの患者は、一見すると子どもを献身的に看護する親に見える上に、医学的知識も豊富で多くの医師も騙されてしまうため、周囲が見抜くのは非常に難しいです。幼い子どもは訴えることが出来なかったり、家庭にどこまで踏み込むのかの判断も難しいため、周りからは状況が把握しにくいです。しかし、子どもの病気が治っても同じような受診を繰り返したり、複数の病院を転々とするといった特徴にいち早く気づいて、注意していくことで発覚しやすくなります。MSBPは不審な点を追求されると病院を転々と変える傾向がある為、他機関で協力して経緯を追っていくことが重要になります。また、母親本人が自身のMSBPの為に相談機関へ赴くということは珍しい為、周囲の気付きが必要になります。周りに原因不明の病気や怪我を繰り返す子どもがいたり、何か不自然な点があれば、病院や児童相談所などに連絡してください。

カテゴリー: 201609, 心理室より パーマリンク